昔とった杵柄:成熟の罠を解く方法とは?
「変わりたいのに変われない」のはなぜか?
仕事をしていてよく聞く言葉に「変わりたいけど変われない」というものがあります。
今回の記事では、「成熟の罠」と「昔とった杵柄」という2つの言葉をキーワードに、
その解決方法を考えてみたいと思います。
成熟の罠とはなにか?
私たちは生まれてから死ぬまで成長し続ける生き物です。
この成長とは一体どのようなものなのでしょうか?
これはある意味、限られた資源を有意義に使えるようになるプロセス
と考えることができます。
例えば営業職というものを考えてみましょう。
新入社員の頃は仕事に無駄が多く営業成績も振るわないかもしれません。
しかしいろんなことを経験する中で、
仕事に無駄がなくなり営業成績が上がるということもあるでしょう。
またこういった変化は仕事だけにとどまりません。
話し方や考え方、服装や髪型までもが成長とともに
営業職として最適化されていきます。
そして、この営業職としての最適化が進めば進むほど、
営業成績も上がってくるはずです。
しかしこういった変化には問題はないのでしょうか?
成熟の罠とスイッチングコスト
問題があるとすれば最適化するに従ってスイッチングコストが高くなることでしょう。
スイッチングコストというのは切り替えにかかるコストです。
例えば一昔前の携帯キャリアの切り替えを考えてみましょう。
昔は携帯キャリアを変えるのも大変でした。
携帯キャリアを変えると電話番号まで変わってしまうので、
電話番号と紐づくすべてを切り替える必要があったからです。
あるいは結婚もスイッチングコストが高いものになります。
結婚生活では、時間の経過とともに、
お金や家事など様々なことが最適化されていきます。
そのため、結婚相手は、彼氏や彼女と違って簡単に切り替えることができません。
これと同じことは営業職についても言えます。
ベテランの営業職は長年の経験を通して、
話し方や考え方、ライフスタイルが営業職として最適化されています。
一生営業職でいくのであれば、それでもよいのかもしれません。
しかし、もしそうでなければ、
営業職での成熟が変化の足枷になる可能性もあります。
成熟すること自体は、決して悪いことではありません。
しかし何かに成熟すればする分だけ、他の色に染まることが難しくなります。
その結果「変わりたいけど変われない」こともあるでしょうし、
あるいは心はモヤモヤしているのに「何がやりたいか分からない」
ということも起こるかもしれません。
ある分野での成熟自体が新たな変化を妨げること、これが成熟の罠です。
成熟の罠を解くにはどうすればよいのか?
成熟とともに変われなくなるのは人間だけではありません。
例えば細胞というものを考えてみましょう。
細胞は、生まれたときには何にでもなれる可能性を持っています。
しかし、細胞が成熟するに連れて、どんどん変われる幅が少なくなってしまいます。
引用:Study-Z 5分でわかる「分化」
ひとつの受精卵からヒトが出来る理由を現役理系大学院生がわかりやすく解説!
– Study-Z ドラゴン桜と学ぶWebマガジン
最近開発されたiPS細胞技術は、
成熟した細胞を若々しい状態に戻すものですが、
人間の在り方も同じように若返らせることはできないものでしょうか?
引用:東京薬科大学 多能性幹細胞とiPS細胞|まめ知識|応用生命科学科|学科紹介|生命科学部・大学院(生命科学研究科)|東京薬科大学
若返らせるための一つの方法としては、
新しい場所で新しいことを新たに始めるというものもあるでしょう。
とはいえ、これがいつでもうまくいくとは限りません。
というのも、ある分野で成熟していればいるほど、
新しい場所や考え方に馴染むコストも高くなるからです。
そこで提案したいのが「昔とった杵柄」戦略です。
これはどのようなものなのでしょうか?
「昔とった杵柄」方略と脳科学
「昔とった杵柄」は、若い頃覚えたことは、
歳をとっても覚えていることを意味しています。
これは脳科学的にはどのように説明できるのでしょうか?
私達の脳はいろんな部分からできていますが、
その中の一つに小脳というものがあります。
そしてこの小脳には、私達が覚えてきた
数多くの運動パターンが蓄えられています。
また、運動パターンはスキーや登山、楽器演奏など様々ですが、
一度覚えた運動パターンは小脳に蓄えられ
歳をとっても忘れることがありません。
そのためゼロから覚えるのと違って
少し練習をすれば、すぐに思い出すことができます。
さらに最近の研究では、小脳は運動だけでなく
感情や認知機能にも関わっていることが報告されています。
例えば太鼓を叩くような場面では、小脳は、体の動かし方だけではなく、
感情を高揚させたり、集中力を高めたりというように、
脳全体を調整することが分かっています。
そのため昔やり込んでいた趣味を再開することで、
その頃の気持や考え方も甦らせることができるかもしれません。
まとめ
さてここまでの話を一度まとめてみましょう。
- 成長とはある分野において最適化していくことである。
- ある分野で最適化しすぎると新たな学びが難しくなる。
- 若い頃覚えたことは小脳に記憶されており、思い出しやすい。
- 小脳が覚えているのは心技体の全てである。
- そのため若い頃の趣味のやり直しは心の若返りにも通じる。
ということになります。
もしあなたが心にモヤモヤしているものを抱えているのなら、
一度昔やり込んでいたものをやってみるのはいかがでしょうか?
あなたの脳には若かった頃の記憶が残されています。
昔の趣味を再開することで、あなたの気持も初期化されて、
そのモヤモヤが晴れるかもしれません。
ものは試しです。
昔とった杵柄をもう一度手に取ってみましょう!
【参考文献】
Stoodley, C. J. (2012). The cerebellum and cognition: evidence from functional imaging studies. The Cerebellum, 11(2), 352-365.
Verschure, P. F., Pennartz, C. M., & Pezzulo, G. (2014). The why, what, where, when and how of goal-directed choice: neuronal and computational principles. Philosophical Transactions of the Royal Society B: Biological Sciences, 369(1655), 20130483.
【シュガー先生 プロフィール】
本名:佐藤洋平(さとう ようへい)
脳科学専門のコンサルティング業務を行うオフィスワンダリングマインド代表。理学療法士。現在富山大学医学博士課程にて心と体の関係についての研究を行う。
日本最大級の脳科学ブログである「脳科学 心理学 リハビリテーション」にて、ヒトとはなにか、をテーマに脳科学を超えて学際的な立場から記事を執筆中。
趣味は料理、人間観察、読書(人間に関するものであれば社会学から哲学、経済学まで全般)、語学(フランス語)。
屋号のオフィスワンダリングマインドは、心理学のmind wandering(心のお散歩、ぼんやり頭、ひらめきの源泉)に由来。