「木を見て森を見ず」木も森も見るための方法
「木を見て森を見ず」
ということわざがあります。
これは細部に目が取られて全体が見えていないことを意味しますが、
なぜこのようなことが起こるのでしょうか?
視覚認識と脳の仕組み、
今回の記事では、視覚認識にかかわる脳の仕組みについて
説明したいと思います。
局所認識の左脳、全体認識の右脳
脳の病気というと脳卒中がありますが、
脳卒中では様々な障害が生じます。
また脳の損傷部位でその症状も変わってきます。
例えば、下の図は脳卒中患者に複合的な図形を模写させたものになります(※1)。
図を見てもらえば分かる通り、右脳損傷と左脳損傷では回答が大分違っています。
具体的には、右脳損傷では全体像が認知されておらず、
左脳損傷では細かい形が認知されていません。
このような実験結果もあり、私達の脳は
右脳が全体認識、左脳が局所認識に関わっていると考えられています。
セイリエンスネットワーク:脳の中の切り替えスイッチ
全体認識では右脳が主役、局所認識では左脳が主役というように、
脳の中では役割分担がされています。
とはいえ、どちらか片方だけに偏ってしまうのはよくありません。
なぜなら日常生活では状況に応じて全体認識と局所認識を
うまく切り替えなければいけないからです。
例えば台所で夕食の準備をしているときのことを考えてみましょう。
あなたは、まな板の上で食材を切っています(局所認識)。
そんな時、家族が思いの外早く帰ってきました。
こんな時には視点をまな板から台所全体(全体認識)に切り替えて、
手早く夕食を仕上げる段取りを考えなければいけません。
脳の中にはこういった認識の切り替えに関わるシステムがあり、
これはセイリエンス(顕著性)ネットワークと呼ばれています。
いくつかの研究から、
このセイリエンスネットワークがうまく働くことで、
注意の切り替えが適切に行われ、
それに応じて視点の切り替えもスムーズに行われる
ことが知られています(※2)。
また、このセイリエンスネットワークは、
マインドフル瞑想を通じて働きを高められることが分かっています。
いくつかの研究で10-20分程度のマインドフル瞑想を
およそ6-8週間行うことで注意の切り替え能力が
格段に上がることが示されています。
興味のある方はトライしてみましょう(※3)。
不安と局所認識
マインドフル瞑想は視点の切り替え能力を引き上げますが、
これとは逆に不安感は視点の切り替え能力を引き下げます。
具体的には不安感が強くなると局所認識が強くなり
全体認識への視点の切り替えが難しくなること分かっています(※4)。
このように不安感は視点の切り替え能力を引き下げるのですが、
不安感を少なくするにはどうすればよいのでしょうか?
不安の原因
不安感の原因には、
・体に由来するもの
・心に由来するもの
・社会に由来するもの
の3つがあります。
■ 体に由来するものとしては
体調不全に起因する不安感があります。
寝不足であったり、お腹が減っていたり、のどが渇いていたりすると、
体は危ない状況に対処しようとして不安感を高めてしまいます。
こういった不安感を減らすためには、
睡眠、食事、水分摂取に気を配り、
体の状態を整えることが大事になってきます
■ 心に由来するものには、
先行きの不透明感に起因する不安感があります。
先が見えない状況では、不安感が高まってしまいます。
そのため慣れない状況では、不安感を減らすためにも、
しっかりと下調べや準備に時間をかけることが大事になってきます。
■ 社会に由来するものには、
環境とのマッチングに起因する不安感があります。
自分の得意な仕事であれば自信を持って臨めますが、
苦手な仕事であれば不安感も強くなります。
そのため自分の特性と働く環境のマッチングを考えることも
不安感を管理する上で大事になってきます。
まとめ
では、ここまでの内容をまとめてみましょう。
・右脳は全体認識、左脳は局所認識に関わっている。
・マインドフル瞑想で全体認識と局所認識の切り替えが上手に出来るようになる。
・不安感を減らすことで全体認識がしやすくなる。
ということになります。
大事なのは「木も見て森も見る」ことですが、
その方法論はいろいろとあります。
個人的には、問題解決の極意は、
変えられるものと変えられないものを見極めて、
変えられるものにエネルギーを注力することだろうと考えています。
例えば、日常、水分をしっかり取ろうとしたり、
転職の検討をすることまで様々ですが、
「変えられる」という点では一致しています。
まずは、変えやすいところを探すところから始めてみましょう!
【参考文献】
(※1)Delis, D. C., Robertson, L. C., & Efron, R. (1986). Hemispheric specialization of memory for visual hierarchical stimuli. Neuropsychologia, 24(2), 205-214.
(※2)Menon, V., & Uddin, L. Q. (2010). Saliency, switching, attention and control: a network model of insula function. Brain structure and function, 214(5), 655-667.
(※3)Malinowski, P. (2013). Neural mechanisms of attentional control in mindfulness meditation. Frontiers in neuroscience, 7, 8.
(※4)Wan, E. W., & Rucker, D. D. (2011). Confidence Focuses You on the Forest, Doubt Turns You to the Tree: Confidence, Construal Frame, and Information Processing. ACR Asia-Pacific Advances.
【シュガー先生 プロフィール】
本名:佐藤洋平(さとう ようへい)
脳科学専門のコンサルティング業務を行うオフィスワンダリングマインド代表。
理学療法士。
現在富山大学医学博士課程にて心と体の関係についての研究を行う。
日本最大級の脳科学ブログである「脳科学 心理学 リハビリテーション」にて、ヒトとはなにか、をテーマに脳科学を超えて学際的な立場から記事を執筆中。